制作ノート
 井上 茂


 2人の父を亡くした昨年,よく聴いたCDが姜泰煥の演奏でした.
 元気になる音楽,心を癒す音楽,いろいろな音楽があると思うが,姜さんの音楽が,不思議な時間を感じさせてくれるからに違いない.そしてそれは,姜さんの音楽に賭ける真摯な情熱が,聴く人を圧倒するからだと思う.
 旧知の副島さんの力を借り,日韓W杯のオープニングの日,ライブレコーディングをする.以前から姜さんが気に入っていたホール,音響は抜群である.前日静岡に着きCD制作の動機を,つたない英語で伝える.
 翌朝五時に起床した姜さん,ホテルで5時間ほど練習する.音を出さない呼吸法だけの姜さん独特の練習法らしい.即興といっても,用意してある曲は作曲されていて,組曲風になっているらしい.その曲をそのまま演奏するのではなく,その場の空間,その場の気を感じて,そこではじめてインプロビゼーションするのだと姜さんはいう.
 芸術についても,筆ペンを取り出して説明してくれた.
 芸術家は,次の3つに常に取り組まなければならない.
1.創造性のある自由なそして情緒を兼ね備えた技術を完成する.
2.純粋でかつ希望ある生に即した芸術哲学を確立する.
3.好感のあるそして影響力のある新しい流派を誕生させる.
 そして,一番のビック問題,それは〈愛〉であると笑顔で書いてくれた.
 レーベル面にあるハングル文字,それは姜さんのアルトサックスのケースに書かれていたものです. あとで訳してもらって驚きました.
 「今になって、やっとお父さんの家へ(所へ)行ける。」