「小さな手だね」と言われ続けてきた私の手より更に小さな手の持ち主とお手合わせした。別
に勝負を挑んだわけではない。宴席で片手を重ね合わせてみて知ったのである。この日は寧ろふたりで手を繋ぎながら夢の旅をしたというのがふさわしい。
静岡にある閑静な佇まいの青嶋ホールにはピアノが2台並んでいる。榛名さんのちいさくて可愛いらしい手から水玉
模様の細かい粒音が舞い上がってゆくのが見える。私は腕を真っすぐに伸ばし、その響きの一瞬一瞬を手のひらに乗せ時を刻んでゆく。するとそれらは今夏トスカーナ地方で見た銀色の葉をつけた美しい大樹にトツゼン変貌し、大地を揺さぶる烈しい音が鳴り始める。
しばらくたつとあたりは眩しいほどに光いっぱい輝き満ち、私は迷わず水に飛び込んでひたすら泳ぐ。するとおたまじゃくし達はカエルの子ではなくセイレーンに変身している。さっきから聞こえていたはずの大樹の音はいつのまにやら海底にある蒼緑の海藻に姿を変え、そこからは深くて静かな波動が聞こえて来た。
その昔手にした事のある榛名さんの「アイヴスを聴いてごらんよ」という著書がある。表紙には確かアイヴスの写
真が載っていて、横には中世の衣装を纏った怪しげな女がジイッと眼差しを凝らし音のゆくえを見つめているような姿が描かれていたような記憶がある。
ドイツ語に「Ohrenschmaus」という言葉がある。日本語に訳すと「耳のごちそう」、つまり甘美な音楽という褒め言葉なのだそうだ。さらば 今宵の私達の音楽会にどうぞ「耳を澄ましてごらんよ」果
たしてお味はいかが。
高 瀬 ア キ